とある変人の冒険録

奇妙な物語×教育×変人

可愛い子にはタトゥーをいれよ(海外編)

今週のお題「〇〇の成長」

 

こんばんは

ということで今回は自分が海外に行ったときの変化をつづっていきたい。

「可愛い子には旅をさせよ」というのはどーゆーことか…

別の言葉でいうと「引きこもりを外に追い出せ」だと思う。

 

かくいう自分もリーガルなヒッキーを大学在学中にしている。

そのヒッキーは今どうしているかというとフィリピンではじけている。

知り合いが海外に誘ってくれたのがきっかけだ。

 

それがきっかけで内外的変化がカメレオンの如く起きた。

1 タトゥーを入れた。

2 それが普通だと思うようになった。

 

色々な成長があるのだが今回はタトゥーの件を話そう。

 

まず第一に可愛い子がタトゥーを入れるのは相当な心境の変化がない限りありえんてぃーだ。(自分の顔は可愛くないので安心していただきたい)

タトゥーはパーマネントなアートでアーティザンがクールなエッジをボディに刻むものなのだ。(変なルー語で申し訳)

 

とにかくタトゥーは一生残るもので日本では忌避される。

 

自分がタトゥーを入れたときは、それがふつうやろぐらいな気持ちで入れたので変な高揚感やその後の後悔はもちろんない。

なぜ後悔や罪悪感がないか、それは「自分がタトゥーを入れてokな器量だ」ということだ。つまるところ、海外に行って許容範囲がどどーんと広がったのだ(語彙力)。

 

 

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パロパロのタトゥー フィリピンでは浮気者を意味する

 

 

許容範囲が広がるということは自分のコンフォートゾーン(心地よいエリア)が広がったということだ。つまり海外を知ることで日本の基準を乗り越えて、新たに自分の基準を作り出したということだ。

 

身近にある凝り固まった価値観

 

タトゥーを入れてからは(入れる前からもだが)日本はなんて狭いんだと感じる。

プールや銭湯にタトゥーがある人が入れないのはあっちの方のせいなのか、

それにしても東京2020オリンピックもあるわけだし寛容になってもいいのでは。

 

ということは銭湯やプールにタトゥーの人禁止令はあっち系の人がいて治安が悪く見える。もしくはお客さんがびびって行かなくなってしまうということが考えられる。

 

既存の価値観を一回ぶっ飛ばすとよい

 

価値観というのは元来既存するものだ。歴史、文化、メディアが大衆を操作してうまい具合に浸透させている。

海外に行くことで価値観の壁を物理的に飛行機で乗り越えることができる。(大衆操作外にいけるぜ)

あとはこっちのものだ。君の知らない世界が待っていて毎日が新しいことでいっぱいだ。

どっちかの政党ではないがここでは思いっきり自分をぶっとばーすしていいのだ。

もちろん帰ったあともぶっ飛んでなければ意味がない。海外ではぶっ飛んで、日本で縮こまっていてはしょうがない。

 

だからタトゥーではないか!

 

タトゥーさんはあなたに一生ついていきます。まるで結婚するような文句だが。

「日本の考え方ちっちゃいからずっと海外行くぜ」って人はタトゥーさんと結婚するのもアリだと思います。

なぜかというと、日本で良い意味で適応できなくなるから。

日本の価値観が合わなければ、海外行こーぜってタトゥーさんも言ってくれます。

なぜならタトゥーさんは日本では狭苦しいからです。

 

まとめると

自分の成長したところは、タトゥーを入れるまでになった冒険思考。

価値観がぶっ飛んだところでまた新たな世界が見える。